活動等

令和2年度大東亜戦争全戦没者合同慰霊祭

慰霊祭準備

令和2年度の「大東亜戦争全戦没者合同慰霊祭」は7月4日(土)に例年並みに実施する予定でしたが、新型コロナウイルスの感染拡大により全国に「緊急事態宣言」が発令され、政府から外出の自粛、催物の開催制限等が要請された中で、開催の是非を含めた検討を余儀なくされました。

各種団体の催事が中止される中で、何とか戦没者に対し慰霊の誠を捧げたいという思いで、4月から5月にかけて靖國神社、参加慰霊諸団体と協議した結果、新型コロナ感染防止を重視し、慰霊祭の式典を東京近傍所在団体代表1名の参加に限定して実施すること、靖國会館閉館を考慮し、直会は実施しないことに決し、5月下旬に慰霊諸団体に連絡させていただきました。

靖國神社社頭

コロナ禍で閑散とした慰霊祭当日朝の
靖國神社社頭


式 典

7月4日の慰霊祭当日は、英霊のご加護か、梅雨の盛期にも拘らず、薄曇りで雨は降らず、気温も25度前後で比較的凌ぎ易い天候に恵まれました。
式典は、正午に開始され、神職の司会で国歌斉唱、修祓の儀、献饌の儀、祝詞奏上と神儀が進められました。

祝詞奏上においては慰霊諸団体合同主催の趣旨に鑑み、夫々の団体の戦没者への思いを込めて、協議会参加45団体の団体名が奏上されました。

次いで島村宜伸協議会会長が、協議会参加諸団体を代表して別掲の祭文を奏上し、今後も各慰霊諸団体と連携して戦没者慰霊事業の永続に努力することを誓いました。

なお、本慰霊祭に際し、靖國神社には出向けないが、在宅のまま靖國神社に向かい参拝したいとの申し出と共に玉串料をお寄せいただいた「在宅参拝者」が例年以上に多く2百余名を数えました。これらの方々は、参列者と共に「参拝者名簿」に記載し、祭文と共に神前に奉納させていただきました。

最後に、参列者一同本殿に昇殿参拝し、参加団体代表の玉串奉奠に合わせ拝礼した後、しばしの黙祷で戦没者に対し慰霊の誠を捧げ慰霊祭を終了しました。

例年献歌等でご支援をいただいている大穂孝子様(最後の連合艦隊司令長官小澤治三郎中将のご息女)と長女の園井様は、小澤中将の遺影と共に参列され、「いい親孝行ができました。」との感想をお寄せいただきました。

また、当協議会設立発起人代表で初代会長をされた瀬島龍三氏のご息女緒方繁代様、緒方 威様ご夫妻にも、コロナ禍にもかかわらずご参列いただきました。

島村会長の祭文奏上

島村会長の祭文奏上

式典に臨む慰霊諸団体代表

式典に臨む慰霊諸団体代表


直会に代えて

その後、参列者は配布された特別食事券で、各々靖國神社外苑休憩所に新設された「靖國八千代食堂」において戦没者に思いを馳せながら「特攻の母 鳥濱トメの玉子丼」等を食べて靖國神社を後にしました。

今年度は、コロナ禍の影響で代表者の参列に限定した慰霊祭にならざるを得ませんでしたが、コロナ禍が一日も早く収束し、国内外の活動が平常に復することを祈念してやみません。


祭 文

令和二年度大東亜戦争全戦没者合同慰霊祭を挙行するにあたり、戦没者慰霊諸団体を代表して、謹んで全戦没者の御霊に慰霊の言葉を捧げます。

大東亜戦争においては、多くの皆様が、祖国と同胞の安寧を願い、アジアの解放と繁栄を実現すべく、北は酷寒不毛、南は酷暑瘴癘の地に赴き、勇戦敢闘して二百三十数万余柱に及ぶ皆様が散華されました。家族を故郷に残し、散って逝かれた皆様方のご無念と、ご遺族の悲痛に思いを致す時、今なお万感胸に迫るものがあります。今日の我が国、国民が享受する豊かで平和な生活と、アジア諸民族の独立と発展は、皆様方の献身が礎石となって築かれたものであることを忘れることはできません。

しかしながら、平和と繁栄が続いた七十五年という長い歳月が経過し、皆様とともに戦い、我々を導いてくださった戦友の方々も徐々に数少なくなる中で、戦没者に対する国民の慰霊と感謝の思い、先人の遺された我が国古来の伝統的美徳が風化しつつあり憂慮されます。

私ども大東亜戦争全戦没者慰霊団体協議会は、戦没者慰霊諸団体と相携えて、戦没者慰霊事業の永続と、それを通じての国民道義の作興に寄与することを目的として活動しております。

あの夏の暑い日から四分の三世紀が過ぎようとする今こそ、大東亜戦争の国難に敢然と立ち向かわれた皆様方の勇気と献身を、そして生き残った戦友が皆様のご加護を得て懸命に成し遂げた戦後の奇跡の復興を思い起こし、正しい歴史と崇高な精神の継承をはかり、先人から託されたこの美わしい国の平和と繁栄に邁進すべく、覚悟を新たにするものであります。

また、百十数万余柱に及ぶ未だご帰還を果たされていない戦没者のご遺骨のご帰還についても、遺骨収集事業に携わる体制の一員として、お一人でも多くの方々に故国にお帰りいただけるよう全力を尽くして参ります。

大東亜戦争全戦没者合同慰霊祭に際し、戦没者慰霊諸団体の各位と共にご霊前に額づき、在天の御霊の安らかならんことをお祈り申し上げますとともに、新型コロナウイルスという新たな脅威に敢然と立ち向かっている私どもに、なお一層のご加護とお導きを賜りますことを冀って慰霊の言葉と致します。

令和二年七月四日
戦没者慰霊諸団体を代表して
公益財団法人
大東亜戦争全戦没者慰霊団体協議会
会長 島村 宜伸

令和元年度大東亜戦争全戦没者合同慰霊祭

令和の御代最初の「令和元年度大東亜戦争全戦没者合同慰霊祭」が、当協議会及び当協議会参加慰霊諸団体の合同主催により、7月6日(土)正午から靖國神社においてご来賓、協議会参加慰霊諸団体代表、賛助会員等多数の参列を得て厳粛かつ盛大に斎行されました。
御英霊のご加護もあってか、当日は梅雨の最中にも拘らず曇天で、心配された雨もほとんど降らず、気温も25度前後で凌ぎ易く、慰霊祭には好適の日となりました。
本年も当協議会設立の趣旨を体して、朝早くから参加団体の役員等が多数参集し、合同作業により会場準備、受付、案内等の準備を推進しました。
とりわけ、JYMA日本青年遺骨収集団の若い学生達が大挙して駆け付け、会場準備、受付、案内等の準備をテキパキと実施している姿は参拝者に感銘を与えました。
軽佻浮薄な若者が多いこの時代、JYMA学生たちの真摯な奉仕の姿こそ、戦没者に捧げる何よりの供養となったものと思います。

島村会長の祭文奏上

島村会長の祭文奏上

式典は、正午に開始された。トランペットの伴奏(堀田和夫、牟田春雄両氏)により全員起立して国歌を斉唱した後、神職による修祓の儀、献饌の儀、祝詞奏上と神儀が進められました。祝詞においては、慰霊諸団体合同主催の趣旨に鑑み、夫々の団体の戦没者への思いを込めて、協議会参加45団体の団体名が奏上されました。

次いで、島村宜伸協議会会長が協議会参加慰霊諸団体を代表して祭文を奏上しましたが、その中で特に平成の御代に国民に率先して戦没者に追悼と感謝の誠を捧げてこられた上皇・上皇后両陛下の御退位に思いを致し、我々一同これまでにも増して戦没者慰霊活動の作興に邁進すべき覚悟の程が披歴されました。

加えて、先人の残された我が国の伝統的美徳に反し、人倫に悖る行為の多発や世界に誇る基幹産業においてすら不祥事が多発する現下の風潮を憂え、戦没者慰霊活動を通じ国民道義の作興に寄与せんとの協議会設立の趣旨を改めて思い起こし、覚悟も新たにこの国の建て直しに邁進することを戦没者の御霊にお誓い申し上げ、在天の御霊の一層のご加護を冀いました。

なお、本慰霊祭に際し、靖國神社での慰霊祭には出向けないが、在宅のまま靖國神社に向かい参拝したいとの申し出と共に玉串料をお寄せいただいた「在宅参拝者」が今年も国内外合わせ66名を数えました。これらの方々は、祭文と共に神前に奉納する「参拝者名簿」に記載し、参列者在宅参拝者を合わせ225名の名簿を奉納させていただきました。

次いで奉納演奏に移り、昨年に引き続き参加いただいた世田谷男声カルテッド「ガバーガバ」の皆様(企画指導大穂孝子氏)による「芭蕉布」、「遥かな友に」の2曲が奉唱されました。美しい男声4重唱のハーモニーが御霊に届けられました。奉納演奏の後段は、参拝者一同で雄々しく戦場に散って逝かれた戦没者に思いを馳せつつ、「同期の桜」、「海ゆかば」をトランペットの伴奏で斉唱、大合唱の歌声は神苑にこだましました。

最後に、参列者一同はご本殿に昇殿参拝、慰霊団体代表の玉串奉奠に合わせて拝礼した後、「国の鎮め」のトランペット演奏の中、しばしの黙とうで戦没者慰霊の誠を捧げました。

奉納演奏 世田谷男声カルテット「ガバーガバ」

奉納演奏
世田谷男声カルテット「ガバーガバ」

参列者一同「同期の桜・海ゆかば」斉唱 トランペット:堀田和夫氏・牟田春雄氏

参列者一同
「同期の桜・海ゆかば」斉唱
トランペット:
堀田和夫氏・牟田春雄氏

式典を終えて、参拝者一同靖國会館に移動し、2階の会場「九段・玉垣・田安の間」において1330からご来賓、参加各団体代表、賛助会員、JYMA学生等103名が参加して直会が執り行われました。

直会は、当協議会伊藤専務理事の司会により進められました。

最初に、当協議会を代表して島村宜伸会長が挨拶に立ち、本日の式典が滞りなく厳粛かつ盛会裡に終了できたこと、斎行に当たり参加各団体から絶大なご支援・ご協力をいただいたことに対し感謝の意を表されるとともに、今後とも戦没者慰霊事業の永続のためご支援賜りたい旨の挨拶が述べられました。

次いでご来賓の靖國神社村田信昌権宮司から靖國神社崇敬奉賛に各団体から寄せられている協力・支援に感謝の意が表されるとともに、「靖國神社創建150周年記念事業」の進捗状況、特に外苑整備の一環として桜の陶板が竣工したこと、間も無く始まる「みたま祭」においてしばらく中断していた夜店が復活すること等が紹介されました。

続いて、本日参列の協議会参加慰霊団体代表の紹介と山谷えり子、佐藤正久、宇都隆史、水落敏栄参議院議員から寄せられた慰霊電報の披露があった後、本日参列の慰霊諸団体を代表して東部ニューギニア戦友・遺族会会長堀江正夫氏が104歳とは思えぬ矍鑠たるお姿で登壇されご挨拶を兼ねて献杯の御発声をされました。ご挨拶の中で、14年前に当協議会を立ち上げた初代会長瀬島龍三氏の思いに触れ、今日後を継いでいる私共一同が厳粛かつ盛大に慰霊祭を行ってくれていることを大変喜んでおられる事であろうとの所感を述べられました。

その後、和やかな雰囲気の下、懇談会食は1時間余に及び、戦没者慰霊にかける思いが同じ者同士で戦没者への思い、お互いの慰霊活動や遺骨収集活動等を語らい意義深い懇談の場を過ごしました。

最後は、堀田和夫、牟田春雄両氏のトランペット演奏に合わせ、戦没者を偲びつつ全員で「海ゆかば」を斉唱した後、英霊にこたえる会会長寺島泰三氏のご挨拶と御発声による献杯で会は締めくくられました。御挨拶の中で、かつて昭和になったとき「明治は遠くなりにけり」と言われたように、平成から令和に御代が移った途端に昭和が遠くなったような気になり、戦没者への思いが急速に希薄化する可能性があるので、そうならないように頑張りましょうと述べられたのが印象的でした。戦後74年が経過し、慰霊祭参加者も急速に世代交代が進みつつある。この世代交代を円滑に実施し、戦没者慰霊・顕彰事業を継承発展させることこそ戦没者の勇気と献身に応える道だと確信しました。

協議会設立総会

平成17年2月4日発起人代表者瀬島龍三氏以下14名による設立総会が、千鳥ヶ淵戦没者墓苑奉仕会会議室で開催された。

この日、設立発起人全員が参加し真剣にこの協議会の設立について意見を交換し、寄附行為の一部修正(字句修正)を行い、 12時過ぎ会議を終了した。

設立発起人は次の14氏で構成されていた。

  • 瀬島 龍三
  • 堀江 正夫
  • 新庄 鷹義
  • 岩下 邦雄
  • 齋須 重一
  • 秋上 眞一
  • 菅原 道熙
  • 宮崎 忠夫
  • 福田 一彌
  • 小西 岑生
  • 植田  弘
  • 諏佐 道太郎
  • 小田原 健児
  • 竹之下 和雄

設立総会で協議会設立の基本的条件が整ったことを受け、監督官庁(厚生労働省)に設立申請書が提出されることとなった。

協議会発足、第1回理事会・第1回評議員会

協議会第1回理事会

協議会第1回理事会

大東亜戦争全戦没者慰霊団体協議会は平成17年7月7日、厚生労働大臣から設立許可証を受領し て発足の運びとなった。

協議会では、早速、7月15日に第1回理事会を開催して、名誉総裁、顧問、相談役、参与、評議員等の人事を決定すると 共に、協議会運営に必要な諸規則の制定等の議決を行った。

また、8月10日開催する全戦没者合同慰霊祭の実施要領について意見交換を行い13:00頃閉会した。

協議会第1回評議員会

協議会第1回評議員会

本協議会は、第1回理事会(7月15日)に引き続き7月22日(金)第1回評議員会を開催した。

この評議員会では、本協議会設立についての昨年来の経過を報告し、協議会の事業内容及び近く8月10日に実施予定の 終戦60周年記念全戦没者合同慰霊祭について報告を行い、評議員の皆さんの了承を得た。

終戦60周年記念全戦没者合同慰霊祭

平成17年8月10日12:00から靖国神社において(財)大東亜戦争全戦没者慰霊団体協議会主催の「終戦60周年記念 大東亜戦争全戦没者合同慰霊祭」が、三笠宮殿下御臨席の下で催行された。

この慰霊祭には、(財)偕行社、(財)水交会、(財)千鳥ヶ淵戦没者墓苑奉仕会、(財)特攻隊戦没者慰霊平和祈念協会、 (財)太平洋戦争戦没者慰霊協会、(財)海原会、海交会、興亜観音を守る会、JYMA等の各団体が賛助団体として参加し、 参加者は各団体から約250名が参集する盛大な慰霊祭となった。

慰霊祭に先立ち、三笠宮崇仁親王殿下に当協議会の名誉総裁をお願い申し上げる「名誉総裁推戴の儀」が参集殿で執り行われた。
殿下はこの席で、時代が移り変わっても戦没者 への崇敬・慰霊・顕彰の事業に貢献されるようにとのお言葉を賜った。

お言葉を賜る三笠宮殿下

お言葉を賜る三笠宮殿下

引き続き、参列者一同は拝殿に進み、慰霊式典が執り行われた。式典の最後に一同は本殿に進み昇殿参拝を行って戦没者のご冥福をお祈りした。

拝殿での慰霊祭式典

拝殿での慰霊祭式典

慰霊式典の後、靖国会館2階で直会が行われ、瀬島会長、南部宮司の挨拶についで、世田谷コールエーデ合唱団の皆さんの合唱の御奉仕があり、戦没者追悼にふさわしい行事が続いた。

世田谷コールエーデ合唱団の合唱

世田谷コールエーデ合唱団の合唱

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